目次
1.導入
こんにちは。橋本ゼミ14期の田中・谷川・山谷です。
私たちは2025年度瑞木祭で「サードプレイス」をテーマに、主にファーストプレイス(家庭)、セカンドプレイス(職場)、サードプレイスの3つの観点から来場者の皆様と一緒に各プレイスに対する考え方などを議論しました。すると私たちが以前考えていたサードプレイスへの認識と瑞木祭後のサードプレイスの認識に、ある変化が生まれました。
この記事では、瑞木祭前と瑞木祭を経て変わったサードプレイスに対する認識について述べていきます。
2.サードプレイスについて
サードプレイスとは、社会学者のレイ・オルデンバーグが1980年代から1990年代のアメリカの都市生活に警鐘を鳴らす意味合いで提唱した概念です。サードプレイスはファーストプレイス(家庭)、セカンドプレイス(職場)に次ぐ第三の場所としてインフォーマルな公共生活の中核的役割を担う場所と定義づけられています。都市と郊外の問題や車社会など様々な問題を抱えていた当時のアメリカでは、サードプレイスのような地域住民を結びつける場が求められていました。アメリカに留まらず、サードプレイスは時代や地域を超え、現代でも形を変えて議論され続けています。
現代におけるサードプレイスについての考え方を正しく捉えるためには、家庭、職場、そして地域社会のそれぞれが置かれている状況を理解する必要があります。
3.サードプレイスを学び自分たちの感じたこと
サードプレイスを提唱したレイ・オルデンバーグは、サードプレイスの共通項目として8つの特徴を挙げています。
①「中立の領域」→個人の出入りが自由であり誰もがくつろげる空間である場所。
②「人を平等にする」→敷居が低く、地位や権力などがすべてなくなり自由な交流を促す場所。
③「会話が主な活動」→色々な世代が集まる中で場面に応じた知恵によって笑いを起こしながら自由で活気のある場所。
④「利用しやすさと便宜」→長時間営業したり、自宅から近いなど通いやすいコミュニティである。
⑤「常連」→その場所を熟知し、にぎやかな雰囲気を作ってくれる存在がいる場所。
⑥「目立たない存在」→として、生活に溶け込み自然と力が抜ける心地の良い雰囲気のある場所。常連同士の気軽なやり取りに人々が引き込まれ、社会的欲求が満たされることで、その場は自然と維持されていく。
⑦「その雰囲気には遊び心がある」→日常の役割から解放された遊び心のある場である。
⑧「もう一つの我が家」→家での決められた地位や役割「父、母、子」から離れ、自由を許され、快適に過ごせる自分の居場所である。
これを知り、私たちは正直「現代にこんなものは存在しない。もし存在したとしても高尚すぎて、私たちには関係のないものだ。」と感じていました。
実際にコア・コンセプトとしてサードプレイスを掲げているスターバックスコーヒーでは、仕事や勉強を行う人も多く③の「会話が主な活動」ではないという見方もできます。会話をするという人でも友人や家族など、身内だけで完結してしまい、①「中立」かつ②「平等」とは言い難いです。このように、実態はレイ・オルデンバーグが提唱したサードプレイスとは乖離が生まれてしまっています。
4.瑞木祭で行ったこと
導入でも軽く触れましたが、私たちが瑞木祭で行ったことを詳しく説明していきます。
私たちは瑞木祭での研究発表の中で、実際にサードプレイスを作ることを目指していました。そのための取り組みの一つが、教室内に芝生のエリアを設置することでした。芝生のエリアは実際の事例の紹介を通じて、サードプレイスへのイメージを膨らませ、身近に感じてもらい、来場者の方がサードプレイスに対する議論を交わす場として利用していただこうと考えていました。サードプレイス的要素は気軽な意見交換ができるというだけではありません。芝生のエリアには、小さな子供を連れたご家族が多く訪れ、私たち学生が親御さんと議論をしている間、子供たちは別の学生と一緒にボードゲームやジェンガ、カードゲームなどをして遊んでいました。このような取り組みによって私たちは多くの来場者と議論したり、子供たちの様子からたくさんのことを学んだりしました。



5.瑞木祭を行った後の自分たちの認識

前述した芝生エリアで紹介していたサードプレイスの事例の1つとして、横浜F・マリノスのサポーター団体があります。そこでは「応援」を通じて悩みから解放され、その人が純粋に輝くことができます。横浜F・マリノスを知らない方々にとってサポーター団体は絶対にサードプレイスには成り得ません。レイ・オルデンバーグが提唱した本来のサードプレイスの形ともまた異なるでしょう。ただ、横浜F・マリノスを愛し、応援している方々にとってスタジアムやファンコミュニティは完全なサードプレイスではないにせよ、サードプレイスに極めて近しいものだとは言えるはずです。なぜなら、人々を結び付け、居心地の良さを感じさせる効果を持っているからです。
横浜F・マリノスの事例を知ることで、「サードプレイスとは高尚で、自分たちとは関係の薄いものである」という固定観念を取り払うことができました。
また、子供たちからも新たな気付きを得ました。初めは親に連れられてブースを訪れた子供たちも、次第に打ち解けていく様子が見受けられ、他の、知り合いではない子供と一緒に遊んでいることがありました。その様子を見て私たちが目的の一つとして掲げていたサードプレイスを作るということを達成できたのではと考えました。では、なぜ私たちはサードプレイスを作ることができたのでしょうか。一つには、芝生がもたらすリラックス効果が挙げられるでしょう。読者の皆さん想像してみてください。大学の研究発表と聞くとどこか堅苦しく、入るとなったときに身構えてしまいませんか?しかし私たちのブースでは芝生に入るために靴を脱ぎ、周りにはおもちゃが散りばめられています。靴を脱ぐという最初のハードルこそありますが、それさえ超えてしまえば心理的なハードルが低くなり、リラックスしながら議論することができます。(フットインザドア効果)
私たちは、サードプレイスを作ることができた、と言えるかもしれませんが、サードプレイスの要素全てを満たしていたわけではありません。3で紹介した8つの定義と照らし合わせると④利用しやすさと便宜、⑤常連、⑥目立たない存在など当てはまらない部分もあります。しかし、少なくとも子供たちは芝生エリアを「心地よい」と感じていたはずです。実際、親御さんが「帰るよ」と声をかけてもなかなか帰ろうとせず、その場に留まろうとした子供も少なくありませんでした。その「心地よい」という感覚こそがサードプレイスを生み出すのであって、8つの定義は重要な要素ではあっても必ずしも全てに当てはまっている必要はないと私たちは考えました。
そこで、私たちは、サードプレイスとは主観に基づくものであると気付きました。その人にとって「心地よい」「サードプレイスだと感じる」ことが何よりも大切で、サードプレイスであるかどうかを決めるのは自分自身でしかないのです。
6.まとめ
私たちは、サードプレイスに対して必要以上に仰々しさを感じてしまっていました。明確な定義があり、気高く、特定のコミュニティにのみ許されたものであるとさえ思っていました。しかし、瑞木祭での経験を通じて、サードプレイスはもっと身近で、もっと気軽に考えてよいものだと気付くことができました。
つまり、まだ気付いていないだけで私たちが今過ごしているコミュニティの中に「心地よい」と感じるサードプレイスは存在しているかもしれません。
そして何故サードプレイスの8要素が満たされなくてもサードプレイスと主観的に言えるのかは、私たちが提供することができた「心地のよさ」というものを感じる条件が人それぞれ違ってくるからなのではないかと考えました。もしサードプレイスという場所を見つけてみたいと感じた方がいらっしゃったら、自分が心地の良いと感じる時はどのような時なのかを考えてみると良いのかもしれませんね。
逆を言えば自分自身のサードプレイスを認識することができたら、自分自身の心地よいと感じることは何なのかを客観的に理解することができ、これから生きていく中で心地の良い居場所を見つけたり、選択をしたりすることに繋げられるかもしれません。
執筆:橋本ゼミ14期生 谷川碧翔 山谷一斗 田中友也


