教えてもらえていないようで、教えてもらえている話

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結論としては、表題の通り「教えてもらえていないようで、教えてもらえている」という話がいくつかあったので、残しておこうと思う。

ある人から、雑談の中での相談のようなものがあった。中堅からベテランな年齢になっている人に、仕事教えるのに苦労しているそうだ。

簡潔に述べれば、仕事に粗さがあり、当人はOKのつもりでいるが、会社(上司)としては改善を促したいという話だった。このままだと大きなミスに繋がる可能性があるという。

当然「直接指導する」ことは行っているものの、本人のプライドもあるため何度も行うのは難しく、様々な仕事を通じて「匂わせて」いるが、本人はなかなか気づかないというものだった。

どんな匂わせ方しているのかを聞くと、「それ匂わせというか、めちゃくちゃ優しいですね」と思うようなものであり、極めて丁寧なものであった。

ただし、丁寧であるが故に、当人は「注意を受けた」とか「またダメ出しされた」のように受け取っている可能性を感じた。否定されていると捉えるかもしれない。

アドバイスをしてほしい

自分の話では、立場的に社交辞令も込みで、「アドバイスしてほしい」という話をもらうことがある。

もちろん、聞かれたからにはなにか価値を提供したいと思うが、関係性が定まらないうちのアドバイスは難しい。「これを改善すべきだ」なんて話はできっこない。考えているのは「褒める」という中にアドバイスを含めること。「ここが良いですよね。でも、こうしたらもっと良くなると思います」という形にしている。

別に「褒める」ということが嘘をついているわけではないが、アドバイスだけを直接伝えることは難しいから、必ず褒めるを入れることになる。もちろん、メッセージの主題はアドバイスであり、「褒める」はおまけ的なもの。ただし、「褒めてもらった」としか捉えられないことはあるだろう。

「ここはテストに出るから、しっかり覚えておけよ」

授業などでは、たまに「どこが重要かが、わからない」という感想をもらうことがある。ひとえに、自分の解説がまとまっていないからではあるのだが、明確な答えが出ていない問題もあるのだという思いもある。

ここが重要だと結論が出ているのは、すでにそれは「問題ではなくなった」ことを意味している。今まさに現在進行系の問題は、Aもあるし、Bもある、Cという意見もあるのような形になる。どれかはっきり教えてほしいと思うのかもしれないが、この状態を提示することや、ともに議論することに意義がある。

ここはテストに出るからしっかり覚えておくように、というのは教室における特有の会話であるが、受験勉強以外の文脈ではそうそう出てくるものではない。社会は当たり前のように複雑だ。

自分自身に置き換えてみると、スタンスの話になる。
つまり、「教えてもらっている」と捉えていくか、「教えてもらっていない」と捉えていくかで、見えてくるものは大きく変わるだろうなということ。

教えることは単純ではないので、どういったスタンスを取るかで、受け取れるものが大きく変わるだろうなということ。

最後に、一番はじめに出てきた人は、「決定的なミス」を犯してしまったらしい。これまで、匂わせ的に伝えていたことも、直接伝えたことも全くわかっていなかったと、私がお話していた方はかなりショックを受けていた。

私は、「相当ちゃんと教えていたと思いますよ」とお伝えした。実際、そう思った。しかし、このミスをしてしまった人はそう思っていないだろうなとも感じている。

美味しかったお寿司。食べたときに大将がちらっとこちらを見ていたのが印象的。その瞬間の情報はたしかに重要だよね
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この記事を書いた人
橋本 諭

産業能率大学情報マネジメント学部 准教授 橋本諭(はしもと さとし)。
研究テーマは、ソーシャルビジネス、人材育成を扱っています。

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